ツタエル、あなたを生きる意味 / INTERVIEW 林健太郎

当初果たそうと思っていた自分を生きる意味は、一旦終わらせましたね…。

今は、次に手をかけようとしている生きる意味と自我との間で揺れ動く「はざかい期」かもしれません。

そう語るのは、合同会社ナンバーツーを経営するエグゼクティブコーチの林健太郎さん。コーチングの世界で一つの成功をおさめているかに見える林さんですが、

「人生は、綺麗なことばかりじゃない。誰かが汚いところを見せないとリアルじゃない。」

という話から取材がスタートしました。

コミュニケーションのプロでありながら、非常に長い間、周囲の人から理解されない人生を送ってきた林さん。
天職とは華々しいものではなく、「自分を生きるために、手にせざるを得なかった生命線」という一面を、林さんのお話から感じました。

いつも何かが満たされない。だけどその正体は探しにいく。
そうやって生きる林さんの生きる意味を、どうぞご堪能ください。



観察魔がすぎて息苦しかった少・青年時代

━━ 林さんは小さい頃、どんなお子さんだったんですか。

変な子でしたね。何かきっかけがあった訳ではないのですが、とにかくずっと人を観察する子でした。特に、コミュニケーションの部分への観察欲がすごくて、「こう言ったら人はどういう反応をするんだろう?」「この場合はどうだろう?」「この会話の行方はどうなるんだろう?」って、目の前にいる人はもちろん、テレビの中のやりとりにまで、常に目を光らせていました。

そのうち、自分の中でどんどんデータが蓄積されていき、人が何をしゃべろうとしているが先読みできるようになりました。それは統計学的アプローチだった訳ですが、相手が話す前に予測した内容を伝え、おまけにアドバイスまでしていました。そんなことをやっていたら周りに気持ち悪がられてしまい、どんどん人が離れていきましたね。

これはまずいと思って封じたのは良いのですが、うまくコミュニケーションの取り方がわからず、人付き合いは苦手でした。


「あいつ変」に手を差し伸べてくれたアメリカ留学

━━ 林さんは、高校生の時に2年間、アメリカに留学されましたよね。アメリカではいかがでしたか。

「あいつは変わっている」という見方は日本と変わらずでしたが、そう見られることの辛さは緩和されました。日本だと「あいつはよく分からないから付き合わない」という感じで放置された。だけどアメリカの場合、「理解されない」というのは変わらないのですが、「分からないから教えて」といって手を差し伸べてくれたんですね。ただ無視されるのと話を聞いてもらえること、その違いは非常に大きかったことを覚えています。

 
似たような事例が夢を語ったときにもありました。将来の夢について語った場合、日本で話すと「そんなの無理だ」と一蹴される。だけどアメリカの場合は対応が全然違いました。「F1のカーデザイナーになりたいと」先生に伝えたところ、それは良い!ということで、F1チームに手紙を書くことを勧められました。それで実際に「F1チームで働くにはどうしたらいいか?」ということを書いて、手紙を送ったんですね。するとF1チームからちゃんと返事が来たんです。ある大学の学部を教えてくれて、そこに行くように勧められました。私はその大学を目指し、入学の内示をもらうことができました。あいにく家庭の事情で進学できず、日本に帰ってきたんですけどね…。

 
━━ それは残念でしたね…。

大学には行けなかったけど、そうやって風変わりだった自分をなきものとせず、仲間に引き入れようとしてくれたアメリカの文化に触れられた経験は大きかったですね。無下に否定しない。想いを聴く。異質なものに対しても好奇心を持って関わる。そんな関わりから救われた経験は、今の仕事の根底に、少なくない影響を及ぼしている気がします。


生き辛さから解放してくれた「コーチング」という居場所

━━ 日本に帰ってきてからはいかがでしたか。

日本に帰ってくると、アメリカで感じたコミュニケーションスタイルとのギャップに苦しむようになりました。元々受け入れられにくかった自分のコミュニケーションスタイルに加えて、アメリカで感じた「可能性を信じて聴く」というスタイルへの期待が生まれていました。しかし日本では「ちゃんと」とか「普通にしろ」と言われる毎日。相手の言っていることも分かるけど、それを受け入れると自分のアイデンティティを殺すも同然。自分なりに試行錯誤をしたものの、苦しみは深くなった気がしますね。

 
━━ 今は、ビジネスリーダーの方にコミュニケーションを教える立場。「コミュニケーションのプロ」である林さんにもそういう時代があったんですね。その状態はいつ頃まで続いたんですか。

正直に言うと、今でもその状態は続いています。その息苦しさがあるからこそ、自分のような人間でも生きていけるようにコミュニケーションスタイルの変革をしたい。という強い意志がありますね。その想いはむしろ強まっているのですが、35歳のときに「コーチング」という職業に出会ったことが転機になりました。

 
━━ それはどういうことですか。

自分が幼少期からやっていた「人のコミュニケーションを観察し続ける」という蓄積をやっと活かせるようになったのが、コーチングという職業でした。私は、コーチの役割はクライアントの「思考と行動プロセスの番人」だと思っています。コーチはクライアントの状況や感情にどっぷり入る必要はなく、「状況を俯瞰」し続けることに価値があります。その思考や行動の営みを見守り、交通整理をしたり刺激を渡したりすることで、クライアントは安全な状態で進んでいける。

小さい頃から私がやってきたのは、まさに人対人のコミュニケーションや思考の俯瞰と、分析です。コーチングという職業は、それまで自分が自然にやっていたのにうまく生かせず苦しんでいた力を、存分に生かすことができる場所でした。その存在に出会えたとき、生まれて初めて息を吸えたような感覚がありましたね。自分の生き方が、天職という形に昇華された瞬間でもあったと思います。


感情の在庫は切らさない

━━ お話をお聞きして、コーチングはまさに、天性の才を生かした天職だと感じました。プロとして、普段心がけていることなどはありますか。

一番大事にしているのは、コーチングの目的はクライアントの「行動変容」であるということです。ただ共感したり、感情をすっきりさせるだけでは、意義が薄いと感じています。自分が得たい成果を得るためには、現実世界で行動してなんぼ。コーチングはいかにその行動を支援するか、というところに意義があると私は感じています。私はコーチングをしながら、常に「行動変容につながるスイッチ」を探し続けていますね。

それと同時に、「何があっても私が全部ケツを持つ、何かあったらいつでも駆けつける」というマインドでクライアントに向き合っています。目の前の人が心底自分を信じ、また責任を取る、というスタンスで関わることで渡せる力って半端ないと思います。

 
逆に、そうやって関わっているにも関わらず相手が「しょぼい」と非常に辛くなります。私自身は、人並外れて人間の可能性というものを信じています。だからこそ、人間の可能性を最大化させる手法やコミュニケーションを探求しているところがある。にも関わらず、いろいろな理由をつけて自分の望みに手をかけない人を見ると、絶望に近い感覚を得ることがあります…。

まぁ、そういった負の感情含めて「感情の在庫を切らさない」ようにすることも大事にしています。一般的にコーチは、「クライアントのことを全て知らなくても良い」ということになっています。相手が経営者であっても、自分が経営をしている必要はないし、クライアントが離婚の相談をしてきたからって、自分が離婚をしている必要はない。しかし、コーチとしてもう一段上のレイヤーに行こうと思ったときに、それでは務まらない領域がある。人の行動のを司るのは感情だから、感情への理解を常に深めておく必要がある。だから私は、コーチこそ人一倍目標を追いかけるべきだと思っています。その過程で喜びも苦しみも悲しみも怒りも全ての感情を手元に置いておくこと。それがクライアントに対する受け皿であり、行動促進のためのネタ元でもあると思っています。


生きる意味

━━ そんな林さんの、ご自身を生きる意味ってなんですか。

少し前だと「とめどなく溢れる好奇心を、とにかく満たし続ける」ということだったと思います。どうやら私はかなり特異な性質の持ち主のようで、「頭の中に浮かんだ選択肢は、とにかくひたすら全てやる主義」なんですね。仕事も20以上経験していて、そういった大きな選択から、日々のコミュニケーションや事業戦略など、思いついたものはことごとく取り組んできたつもりです。もちろん行動するにあたり不安が浮かぶこともあるのですが、それも全部頭の中で処理して、とにかく行動してきた。だからやりたかったことは一回やり尽くしてしまって、感覚としては正直「もう死んでいる」という感じですね。

━━ ほう、「死んでいる」ですか…。

そうですね、どうせもう死んでいる人生なので、あとは人類の繁栄のためにはたらく。というのが、キレイ事ではなくここ数年続いているリアルな心境です。だからこそ、自分の望んでいる世界観が実現することを本気で願っている。

自分はすごくせっかちなので、思い描いた次の瞬間にそれが実現していて欲しい!って真剣に思っているのですが、残念ながらそんなに早く願いは叶いませんね…(笑)



本質的な会話で、人類の創造性を解放する

━━ 林さん、最後になりますが、林さんの会社の理念をお聞きしても良いですか。

はい、合同会社ナンバーツーで掲げている理念がこちらです。


どのようにすれば、

地球は本質的な会話を
手にすることができるだろうか

━━ えっ?疑問形ですか?

そうです、あえて疑問形にしています。弊社はコーチングの会社、つまり問いで未来をつくっていく会社です。そうであるならば、掲げる理念もまた質問の形にして、関わってくださる方と一緒に考えながらつくっていく。そんな意志が込められています。

━━ 「地球」というのもスケールが大きいですね。

あんまり、日本とか世界とかそういう隔たりはないんですよね。いつも単位として心にあるのは「人類」なので、ここは「地球」という言葉を使いました。

━━ 「本質的な会話」というのは、どういうことをおっしゃっていらっしゃるんですか。

私は常に「人間というのは、もっと勇気を持って違う場所に行けるんじゃないか」と思っているんですね。人間というクリエイティビティ溢れる存在が互いに協力すれば、常に一緒に何かを生み出していける、そういう存在だと思っています。しかし、多くの場面で逆のことが起きている。人が口を開くには何か理由があるはず。あまたの選択肢の中から何かを選んで言葉にしているのですから、そこにはその人なりの意図や想いがある。だけど現実は発言に対するリスペクトがなく、その話を取り合わなかったり、違う話にすり替えたり、否定したりといった具合で、生まれる前に死んでしまう会話であふれてしまっている。

例えば容量が100入る器があったとして、今の会話では双方共に100入れようとしている状態です。当然合計は200になるので、当然どっちの容量も満足に入りきらなかったりする。あるいはどちらかが70で、30の相手が不満に思っていたりと、私にはそんな風に見えます。それを、私も50、あなたも50といった形で等しく持ち合う。そうすれば、その100が世の中に生まれ、また次に誰かとの100が生まれ、という形で新しいものが生まれていくはず。これはイメージですが、会話がそんな風に生み出し合うものになれば、人類の創造性が最大化されるのではないか、と期待しています。いや、絶対にそうなると信じ切っている、という方が近いですかね。


コーチングなんていらない

━━ これからご自身は、コーチングとどのように関わっていきたいとお考えですか。

今は、その創造性あふれる世界を実現するために、一番適しているのがコーチングだと思い取り組んでいます。しかし内心、「コーチングなんてなくなってしまえばいい」と思っています。コーチングが社会インフラとなり、誰もが実践するような世の中になれば、実質コーチングというものの役割は終わると思っているんですね。そして本当にそうなれば良いと願っている。

だから私の夢は、ふらっと近所のスタバに入ったときに、コーチングなんて知らない二人が、本質的な会話をしているというのを見ることなんです。そういったことが地球のあちらこちらで起こるような世界になったとしたら、もうその場で死んでもいい。その道のりは、まだまだ遠そうですね(苦笑)

たとえ生きている間にそれが実現しなかったとしても、やるだけのことはやったと思いながら力尽きて死にたいと思っています。

━━ 林さん、本日は非常に濃厚なお話をいただき、ありがとうございました。林さんのお話は、いつもスケールが大きいですよね。「もう死んでいる」なんて聞くと、ちょっとショッキングな気もしましたが、自分の我欲を乗り越えた先の心境を知ることができ、大変興味深かったです。これからも世界への終わりなき挑戦を、応援しています!

《 聞き手より 》
今回も写真を撮ってくださるマキさんと私で取材をしたのですが、終わった後に二人同時に出てきたのは「林さんって、キリストみたい!」という言葉でした。林さんはこの世界に何か大きなミッションを背負って生まれてきた人。後光がさしているような神々しさを持ちながら、人間として理想と現実との間にゆらめき、トータルでは哀愁がただよっている…。そんな様がキリストを思わせるのかもしれません。それでいて「なるべく愉快に」がモットーの林さん。哀愁とともに軽やかさが内在していて、その複雑さがなんとも魅力的。世界を変える人は、やはりこれくらいユニークなのかもしれない。そんなことを感じさてくれる今回の取材でした。


林健太郎
Kentaro Hayashi


合同会社ナンバーツー エグゼクティブ・コーチ
2010年にコーチとして独立して以後、500人を超えるビジネスリーダー人に対して3500時間のコーチングを実施。企業向けの研修講師としても活躍し、年間の登壇回数は100回近くにのぼる。コーチングの世界に入る前には、通信業界におけるコンサルタントとして、ネットマーケティング及びオンライン広告に携わる。また消費財の世界においてセールス、マーケティング、支社マネージメントなど国際ビジネスにおいて多くの経験を積むなど、幅広いビジネスバックグラウンドが信頼を集める。
https://number-2.jp/


CREDIT
Interview&Text:Yukiko Ohno
Photo&Edit:Maki Amemori

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