「クライアントさんの社内イベントに呼ばれ、一緒に語り合える瞬間、最高ですねぇ・・・」
目を細めながらそう語るのは、株式会社ライブリッツ・アンド・カンパニー代表の小野史人さん。
2018年には、中小企業庁長官賞も受賞した経営コンサルタントとして、ご活躍されています。
独立して10年、次なる10年を見据えたときにみえた、この仕事を続ける意義とご自身の生きる意味とは。
仕事へのあふれてやまない熱意と、人への真摯な眼差しが胸をうつ小野さんのインタビュー。
挑戦者の生きる意味から、ぜひ「あなたを生きる意味」を感じ取ってみてください。
「進歩の見える化」が支えた、努力を続ける価値
━━ 小野さんは小さい頃、どんなお子さんだったんですか。
当時は「流されやすい」子どもでした。周りの子が空手を習うから、自分も習うと言ったり、みんなが中高一貫校を受験するというから自分も受験したり。
━━ へぇ!今の小野さんは、まさに「ブレない人」の典型のような方なので、それは意外ですね。
そうですね、独立して以降は腹がすわり、ブレなくなりました。ただ、そうやって「友達がやっていたから」いう理由で始めた空手は、結局13年間、大学卒業まで続けました。
━━ 続けられた秘訣のようなものはあるのでしょうか。
空手をやると背筋が伸びたり、礼節が身に付いたりというのも魅力的でしたが「進歩が目に見えて分かる」というのも面白かったですね。空手の道場では白帯から始まって、帯の色が黄色→緑→青→紫→茶色→黒という感じで階級が上がっていく。「努力を続ければ、必ず成果を得ることができる」という信念の礎が、ここでできた気がします。
働き手としての「部品感」を逃れ、あれもこれもやれる場所へ
━━ 話は少し飛びますが、小野さんは新卒でシステム開発会社に就職されたそうですね。その選択にはどのような背景がおありだったんですか。
私が就職活動をしたのは、ちょうど「就職氷河期」の頃でした。その時代でも大量採用していたのがSEとMR。元々大学時代にパソコンにはまって好きなものでしたし、手に職があるのも良いな、と思ってシステム会社にSEとして就職しました。しかし、1年が過ぎたところで営業への異動を言い渡され、突然のキャリアチェンジ。そこから10年かけて、コンサルティングに近い領域へと職種が移行していきました。
━━ どういうことでしょうか。
異動当初は本当に「営業」に近い位置で働いていましたが、10年経って転職した2社目では実際の導入部分のコンサルティングを実施するように。3社目では、業務全体のプロジェクトリーダーを任されました。1社目2社目、3社目と会社の規模が小さくなっていったこともあり、3社目では良い意味で「やりたい放題」。今でもそうなんですが、自分には「全部見たい、全部やりたい」という欲求があり、それが叶う選択をしていきました。
案件が「舞い込んでくる」ために奔走した独立初期
━━ 小野さんは35歳で独立されましたが、どんなモチベーションで独立されたんですか?
自分の中では「やりたいようにやれる」ことの魅力が非常に高く、その中で独立というのは一つの自然な選択肢でした。だからと言って、無鉄砲に独立した訳ではありません。「信頼を証明でき、選択肢が増えることは何か」と考え、「中小企業診断士」の資格を取得しました。独立の2年前から準備を始め、独立する時点で、既に何件かの契約がある状態にする、ということも大事にしていました。
━━ そこからここまで、ずっと業績も右肩上がりで来てらっしゃいますよね。
おかげさまで案件数や売上は順調に伸びてきています。ただここに来るまで指をくわえて待っていたわけではありません。特に1〜2年目は文字通り「がむしゃら」に働きました。実は自分は、営業がそんなに得意なわけではありません。一言で言うと「押しが弱い」ところがある。だからこそ、自分がやりたい仕事をやらせてもらうためには「どこにどうやってアプローチするか」について真剣に考え、とにかく足を動かしました。おかげさまで5年目からは金融機関さんとの提携が本格化し、案件を任せてもらえるようになりました。
「人選び」という受難
━━ そんな小野さんにも、起業して辛い時期はあったのでしょうか。
人に裏切られるのは辛いですね…。個人事業主として1年半、会社登記をして今年で10年目になりますが、弊社内でも相当数の人材が入れ替わりました。信じて一緒にやろうと決めた人間が会社から離れていった数は、決して少なくありません。最初は、志を共にしてやろうと思って始めたのに、だんだんと気持ちが離れていき、最後は関係が終了してしまう。あまり引き止める、ということはしたくないので穏便に見送りますが、いろんな感情がせめぎ合います。かなりの回数、そんなことを繰り返してきました。
━━ 経営者にとって一番辛いのは、実は売上が落ちたりすることよりも、人が離れていくことかもしれないですね。そういった経験を繰り返して、人の採用というところで何か気をつけてらっしゃることはありますか。
「自分だけで選ばない」ことを大事しています。最終的に仕事をお願いするか・しないかの決定権は私にありますが、一緒に働いているメンバーからの推薦を大事にしています。そうすると、彼らの視点から「(代表である)私に合うのか、会社に合うのか、一緒に働きたいメンバーなのか」ということを判断して連れてきてくれる。自分で選ぶよりも、そういった彼ら・彼女らの視点で選んできてくれた方が間違いないですね。もちろん、100%という確率ではないですが。
あとは、「できる」ではなく「合う」という基準をすごく大事にしています。これまでのメンバーを見てきた際に、結局残ってくれたのは「合う」メンバーでした。能力よりも、「成長余力」を見ている感じです。結果的に同じ気持ちでクライアントと向き合い、大事にしてくれるメンバーと長く関係が続いています。
現場で着実に、確実に
━━ 人に裏切られた、と語る小野さんの表情はとっても寂しげです。きっとここでは語り尽くせないことがおありだったんですね…。そんな小野さんが、仕事をする中で大事にされていらっしゃることはなんでしょうか。
とにもかくにも「現場」を大事にしています。私は全部経験していないと嫌な性なんです。現場のことがわからずに、上から指図する人間にだけはなりたくない。だから、決して容易なことではないですが、社内でも「プレイヤー・マネージャー・プレジデント(代表)」という役割を、フルで全うしようとしています。トップの人間として「見本を見せる」こともすごく大事にしていて、難しい案件が来た場合もまずは必ず自分が担当するようにしていますね。
お客様と話をする際も、可能な限り現場の課長や部長の話を聞くようにしています。「問題は現場に出ている」ので、そこから入ると喜ばれますし、コンサルをするポイントの“あたり”もつけやすくなります。
━━ 机上の空論ではなく、「現場」を大事にしてくださるのは、お客様としても一緒に働くメンバーとしてもありがたいことだと感じます。他に大事にされていることはありますか。
私は「なりたい姿になるために、積み重ねることが何より大事」だと考えています。別に他の方を否定する訳ではないですが、巷には、すぐにスキルを取得でき、高単価で稼げるコンサルを謳うような文言があふれています。しかし果たして、本当にそんなことが可能でしょうか。私は経営コンサルタントの一人としてとにかく「数(量)」にこだわってきました。この規模(コンサルタント5名ほど)のコンサル会社としては、規格外の案件数を受け持たせていただいている自負があります。逆に「量をこなしていないと不安」、という気持ちもありますが、量をこなすことで培われる知見、引き出し、お渡しできる成果が確実にある。
お客様を支援する際も、私個人としては、ものづくり企業はもちろん、医療や衣料、健康・美容業界への関心を高く持っています。そういった分野は、努力を積み重ね創造性を発揮した先にお客様(エンドユーザー)の笑顔がある。弊社の支援先の業種は実際には多岐に渡りますが、できればそのような分野に積極的に関わり、一緒に汗を流したい。一朝一夕ではままならない業種、努力が裏切らない業種が信念に近いです。
自分を信じるためにつくった「理念」という言葉
━━ 小野さんは、起業9年目というタイミングで理念のブラッシュアップを図られました。そこにはどんな意図や、目的があったのでしょうか。
ちょうど次の10年を展望しているタイミングでした。おかげさまで事業は順調に伸びており、企業の存続あるいは既定路線の成長というところでの心配は大きくありませんでした。しかし、本来到達したいと考えている場所は、今の成長カーブでは到底辿りつけない場所のように感じた。だけど、やるからにはやっぱりその場所を目指したい。そこに進むために大事なのは、何よりも「自分を信じられるかどうか」です。このタイミングで自分を信じきって進める言葉を持ちたいと思いました。
━━ その結果一緒につくらせていただいたのがこちらの理念です。
成長の歴史と証を共に創り、
心を、組織を、未来を、動かす
━━ いつ見ても、渋さと重厚感のある素晴らしい理念ですね。この理念をつくってみていかがでしょうか。
まず、こうやって理念という形にしたことで、本当にブレなくなりましたね。名刺や会社案内にも書いてあるので、自然と目にとまる。それを繰り返しているうちに、どんどん自分の中に定着していっています。やっぱり「目に見える形にする」って大事ですね。
そして、自分が事業を通じて得たいものは何か、その本当の意味に気づけたことが非常に有益でした。この理念の一行目にある通り、私はお客様と共に歩んで歴史をつくり、その結果生まれる成果を共に味わうことが何よりの喜びです。付き合いたてのカップルのような言い方になってしまいますが「ず〜っと一緒にいたい」(笑)
悩んでいる社長に寄り添い、最初の一歩を踏み出せた瞬間。
一つ一つの課題を共にみつめ、手を打ち続ける時間。
泥臭いながらやってきたことが実り、共に成果を讃え合う時。
どんな時も一心同体で会社を支える「同士」でありたい。
ちなみにこの理念は、対クライアントだけでなく、一緒にやってくれているメンバーに対しても同じことを考えています。私は彼ら彼女らを「戦友」と呼んでいて、いつでも近くで共に励んでくれる、かけがえのない存在です。
そんな彼ら彼女らと手を取り合い、お客様の会社の一人ひとりの心を、組織を動かし、それがひいては会社や社会の未来を動かしていく。うちの会社は、ぜひそんな会社でありたいと思っています。
「コンサルを受けたい」社長なんていない。
「会社を良くしたい」に応え続ける。
━━ 小野さんのお話を聞いていると、いつも胸が熱くなります。まさに「コンサルの鏡」というか、小野さんに出会えたクライアントさんは本当に幸せだと想像します。ここで改めて小野さんが大事にしていることや、今後の展望についてお聞かせいただけますか。
私たちの仕事は、クライアント企業が変化して、成果が出てなんぼ、の世界です。報告書を書くとかいった「作業」自体になんの価値もありません。理念にある通り「動かして」初めて成果につながる。そういった意味では、「実際に動ける状態まで持っていくこと」を大事にしています。「コンサルを受けたい」社長なんていません。彼らの願いは「会社を良くしたい」と思うその一点です。そのためにしっかりと選択肢を用意してイメージを持ってもらったり、とことん寄り添ったりと、手を尽くし、心をくだくようにしています。
今後は、会社を立て直すだけではなく、もっと「売上をつくる」という部分でも支援できる体制を整えていきたいと考えています。具体的に言うとHPの制作支援や、会社案内のディレクション、動画制作などのプロモーションプランへの支援を考えています。もっと長期で言うと、ファンドをつくって事業投資を行い、一緒に汗をかく。みたいなことも視野に入れています。
生きる意味
━━ 小野さん、ここまで本当に濃密かつ心温まるお話をお聞かせくださり、ありがとうございました。最後にこのメディアのテーマである「あなたを生きる意味」をお聞かせいただけますでしょうか。
近しい人との「幸せの共有」だと思います。この生きる意味が仕事になり、まさに理念につながっているなぁと思うのですが、私にとって至福の時間とは「クライアントさんが喜んでいる瞬間に共に居合わせること」です。クライアントさんの社内イベントとかに呼んでもらって、一緒に参加できたりすると最高に嬉しい。
お客さんもそうだし、一緒に働いているメンバーと一緒に関わる時間をたくさん積み重ねていくこと。それが私を生きる意味ですかね。
これからもその最高の瞬間(トキ)を求めて、とにかく働き続けます!
━━ 小野さん、本当に聞いていて感心がたえないお話をお聞かせくださり本当にありがとうございました。小野さんのクライアントさんや社員さんへの向き合い方をお聞きすると、いつも襟を正そうと思えることのオンパレードです。これからも、一社でも多くの「良い会社」を社会に送り出していってください!
《 聞き手より 》
小野さんは、本当にワーカホリックを絵に描いたようなお人です。自ら「うちはブラックなんで」と言い切る働きぶり。目をランランと輝かせながら「仕事、大好きです」と語る小野さんは、まるで大好きなプラモデルを組み立てるのが楽しくてたまらない子どものよう。そんな仕事に対する純真な印象を抱く一方で、「この人と一緒なら、ずっと先の未来が見える」という絶大な安心感を与えてくれる方。「一番の黒子」を目指しながら、立場上優雅さも必要とのことで、「本当に白鳥みたいなものです」と語る小野さん。見た目は優雅を装いながら、内実はいつもバタバタと必死でお仕事につとめているそう。話せば話すほど、そのスマートで戦略家なご本人に内在する、ハートフルであったかいお人柄に引き込まれます。この魅力をどうしても伝えたい!そんな衝動を起こしてくれる、小野さんでした。
小野史人
Fumito Ono
株式会社ライブリッツ・アンド・カンパニー 代表取締役
10年におよぶシステム開発の営業、プロジェクトマネージャーとしての経験を経て、2009年に独立。中小企業の経営コンサルタントとして、約200社の経営改善に1つひとつ丁寧に関わる。2015年には日本経営診断学会会長賞、そして2018年には、中小企業庁長官賞を受賞。顧問先企業のみならず、同業界からも信頼を集め、同業者向けの講演・セミナーなども実施する。
https://www.lybritz.com/
CREDIT
Interview&Text:Yukiko Ohno
Photo&Edit:Maki Amemori